top of page
DSCF2099_.jpg

ゆきひめ庵の由来

 ある場所で原因不明の事故が多発し、導現生昊英(どうげんせいこうえい)先生がお祓いに行った時のことです。そこは現代の区画整理により、封印が解けていた場所でした。先生がその場所に入ると首だけの霊が前後左右に揺れながら、物凄い勢いで目の前に迫ってきました。その霊はバサバサの長い髪、灰色の顔、赤紫の唇に赤く血走った目はつり上がり、恐ろしい形相で今にも襲いかかってくる様子だったそうです。

 「なぜ事故を起こすのですか?」と尋ねると「私の体を返せ!」と怒りとともに霊が訴えてきました。昊英が呪文を唱えながら「私があなたを助けます(供養します)」と話しかけると「この苦しみから私を助けてくれるのか」と首だけの霊が話しはじめました。

 

 「私は去る大名の娘である。キリシタン狩りによって逃げてきたが、この地で首をはねられた。その折に、あまりにも綺麗だという噂を聞きつけた人々から、どうせ処刑されるのだからと顔に傷をつけられた。処刑されるのは仕方ない、でも顔を傷つけられたことは許さない!覚えておれ!末代まで祟ってやる!私の名は『ゆき』。年は18だ。」

 その話を哀れに思った先生が言いました。「ちょうど弁財天の仏像を彫ってもらっているところです。あなたの顔に似せて彫ってもらい『ゆきひめ弁財天』として祀りますから、守護霊となってうちにきてください。」

 その言葉を聞いた霊は、たいへん喜んで涙を流し「本当にそうしてくれるのですか。こんな方に初めて会いました。」と喜んで言い、先生の呪文とともにみるみる穏やかな顔に戻り、元の姿になられました。それは名のごとく、雪のように白いお顔、透き通った瞳、椿のような紅い唇、髪は長く艶々で綺麗な花模様の着物をまとわれていました。とても気品があり、すい込まれるような花の香りが漂っていたそうです。

 

 ゆき姫様の霊は、先生によって八臂弁財天(はっぴべんざいてん)の一部として融合されました。そこからこの庵を「ゆきひめ庵」と名付けたのです。ゆき姫様は、今も八臂弁財天と一緒にゆきひめ庵でいつもにこやかな顔で皆様を見守っておられます。ゆきひめ庵では年に一度、ゆきひめ弁財天誕生祭として弁財天様の御力にあやかり、学業・芸術、金運・健康などを祈願するお祭りを開催しています。

bottom of page